20120130










こころなしかワイヤレスキーボードがハチミツっぽい(拭こうね)



師匠から受け取ったminoltaXDを持ち歩いていないと生きた心地がしなくて
撮る事が、生活のひとつになってて、シャッター切ると安心してくる。
だんだん枚数が減ってきてるから、もっと撮らないとなあと思うゆえ
つまらない忙しい日常の自分にドロップキック。
土臭いなにかを探してます。綺麗と可愛いには飽きちゃった。強いのは好きだけど。
いろんな作撮りしたいなあと。でもいまはひとつだけ撮り続けてるものがあるから専念しようと。今年の秋ぐらいに、ペコっと表に出したいな。

ぼやぼやしてた視界から、少しずつクリアになってきたものがあって
やりたいことや、いますべきこと。感情と、ひとのこと。
だんだん、軽くなってきた。なめらかな気持ち。やる気もある。ナイスコンディション。
カルピスの原液になれなくてもいい。美味しいカルピスになりたい。



20120126




春からの事、というか、1年後、2年後、そういう少し遠くて近い未来のことを考えて、決めようとしているところで。
まだ、きっぱり言う勇気はないんだけど、だいたい固まってきた。
いろんな人の気持ちとか、そういうのも混ざってて。そのなかで、自分の意思を固めるのは少し難しい事だった。人は自分勝手になれないんだねなかなか。人の目の中に生きてるのが人だって、誰かが言ってた。でも結局は、自分の事は自分で気づいてるから、それに反したりもしないんだけど。


それでも変わらず忙しい毎日のなかでうんざりしちゃって。
環境を変えて、もう少しおとなしく生活しようかなと思って整えてるところで。
自分の部屋で勉強ができるように、壁に貼っていた絵画や写真をはがして、ひとりもくもくと。夜な夜な。少しずつでいい。急がない、そのかわり、抜け目無く。

モチベーションを保つのは、やっぱり難しいことだから。でも、多分大丈夫だと思う。私にはたくさんの憧れが身近にある、いる。勉強したいのは、自分のモノにしたいから。唯一違和感のない方法だったから。逃げるように、ここにきて。勉強して、少しずつ自分を肯定してあげたくて、そういう不純な動機、生きる事に対しての不安とか衝動をむき出しにぶつけてる感覚。自分に絶対的な自信があったら、美大なんかに行ってない、芸術なんかやろうとしてない。



毎日、使い捨ての気持ちで。そう教えてくれた。
そういう自分嫌いじゃないし、そういう日常を自分で作ってて。
なんでもある街だからさ、ここ。東京。寝てる暇ないんだよね。
生まれたからには、いつか死ぬのはわかってて。死ぬまで毎日使い捨てすれば、たくさんの自分生きれるじゃんね。ってプラス思考。万歳。
水蒸気みたいに、幸せと。煙みたいに、不安と。そんな感じ。
飽き症だからか、もう春が恋しくて。春になればきっと、軽くなる。








20120118












あんまりうろうろするタイプじゃないから、土地ごとに留まる場所があって
そこにはおなじみのひとたちがいる。
新しいところ、開拓できたらいいんだけどね。タイミングだから、無理してもいい結果がうまれなかったりするしね。

おつかれさまです。
あ、あけましておめでとうございます。ことしもよろしくです。
もう1月も終わりそうだけど、そうやってきちんとあいさつして、差し入れだしたり。

ことしはどんな年になるのかな。
どうやら365日は日に日に加速していって、あっというまに過ぎるみたいだから
あんまりぼんやりしてないで、きちんとto doとplaceを気にしなきゃ。


目の前のことしっかりやらないとな。成し遂げた実績がないと、いくら実力があっても意味がない。って、先輩にいわれたので、ここにメモ。
最近はいつも、自分がやり遂げてきた事とか、耐えてきた事について考えたり。
本物になりたいね、人として。





20120117












なにごともタイミングだからさ。
それ以下でも、それ以上でもないと思うんだよね。


毎日の当たり前が、すこしずつ変わってきて。
すこしずつだけど、煙みたいに、すっと入る。


自分になにがあるのか、そればっかり考えてて
でも何もないのが当たり前で
なにかあるなら、こんなことで悩んでないし、迷ってもいないしね。
答えは決まってるのに、まだ心残りがあって、迷ってる。

一からやり直そうか。そのほうが、自分のためじゃないかしら。


いつも冷静に考えてしまうから、今回ばかりは衝動に任せたかった。
でも、結局いつもの自分に戻ってる。ということは、まだ何事にも不足なのだということなのね。不足。今はその時じゃない、タイミングじゃない。

好きなのに、はっきりさせれないのはいつもの悪い癖というか
自分のこれからのことだって、好きな事に身を投げたいのに、はっきりさせれなかったじゃないか。
壊れるのが、怖いんだよね。だから、決めれなかったんだよね。言い訳。ごめんなさい。今日だけ。

自分の欲に、忠実に。深く、感じる。慣れ故の無感ほどかなしいものはない。



20120111


母方の祖父が入院しているところへお見舞いにいってきた。
山形は雪が積もってた。

 







いつまでも元気でいてほしいよね。
私に短歌を教えてくれた祖父、そして師匠。
代々継ぐ歌人の血を最後に受け継いだのはわたしだけしかいないみたい。
また、詠もうと思った。

心なしか日が少しだけ長くなって
庭のさざんかがきれいに咲いてすこし疲れてきたみたいでくたっと。


20120109



憧れはいつも、変わらず。
距離が遠かろうが近かろうが、刺激に慣れはあるけれど、輝きは変わらない。


東京にきてよかった。
ぼんやりそう思ってたけど、一年が経とうとしているいま初めてちゃんと実家に帰ってきて痛感するようになった。
支えてくれている親の存在とか、家族のありがたみ。いままで生きていた環境が当たり前なのではなく特別なんだということ。


東京にきても、特別な環境にいさせてくれたのに、それを望まないで自分で変えようとしていて
自分の人生を自分で変えることになんの違和感もないのだけれど、変えたら身近にいるひとのなにかを裏切ることも生じてくるみたいで。


いままでずっと、愛されて育ってきた。甘やかされたんじゃなくて甘やかさせてもらって生きてきた。今も、そう。


悩めば悩むほど自分の存在が本当に未熟で勝手なものに思えて、それはまぎれもない事実でしかなくて。そういえば、耐えたことなかったなって思った。
いまここで耐えるということを知らないと、きっと次も耐えられない。もし耐えられなかったとき、自分にはなにも残ってないじゃないか。いま好きなことが嫌いなことになるかもしれない。それはすごく怖いこと。

尊敬している親族に、自分で選択した道に、責任を持てと言われた。


まだ、考えてる。
行動だけが先走ってて、ちゃんと固めた自分がいるのに、まだ迷ってる。
いまの環境を望まない自分に対して甘やかしてるのは自分。
こうやって、変えて変えて生きていくのが癖になったら、ろくな人間になれそうにない。
どうやら自分はもう子供じゃないらしい。
つねに年齢の壁と戦ってるくせに、心の奥底では子供である自分に頼ってた。
甘えていいところと甘えていけないとことが生じてくるいまの年齢。甘えていいところがだんだん減ってくる。そのうち、なくなる。


憧れを追って、無我夢中で。
ちょっと我に返ったとき、今つらいんだなって気づいちゃって。
今の自分と、数十年後の自分のために、いますべきこと、選ぶ道。

まだ迷ってる。
もう少し考える。

20120106


明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。


初詣ってあんまり正月にいったことがなくて、いつも5日以降とかにふらっと行ってた感じで、今年は東京で年越ししたわけだし2日に浅草寺にいって初詣してきた。
大きくて赤くて華やかな浅草寺は鈴鳴らしたりもしないのね、あれだけ人数いれば神様も気付くよね。
祈るために、人が集まって、お賽銭なげて、手を合わせる。身動きが取れないぐらいの人だかりの中で人々は皆、ただひたすらに祈ってた。

浅草いくの実は初めてで、京都に似てるけど東京の下町独特の力強さがあっていいなあと思った。人がいいよね。とくにおばちゃんおじちゃんね。この世に敵なしな感じがいいよね。年明け早々浅草にいったこと自体縁起がいいような気がして、今年は後厄だけどいいかんじな気がする。
おみくじひきたかったけど見当たらなくて断念。そのうちどこかで引きたい。


独り暮らしの正月は全然正月なかんじがしなくて、もがいた結果黒豆煮て田作り作ったんだけどや
っぱり餅がないとだめみたいで。
お雑煮ですね。っていう結論にいたって、具材あげってたら、うちのお雑煮はどこのお雑煮なんだと思ったら父方の白石のお雑煮らしい。
大根、人参、ごぼう、せり、高野豆腐、鶏肉、餅。全部同じ長さで細くきれいに切りそろえられて、しょうゆ味。
結婚したら旦那さんの実家の味のお雑煮つくることになるのかな。どうなんでしょう。



話はもどるけど、初詣行った日に熱を出して、自分一人ではどうすることもできなくなったので二日後に死に物狂いで仙台に帰ってきた。実家に帰ってきて父母の顔みただけで体調よくなりそうになったぐらいのさみしがり屋ですね。
今日やっと熱がさがって、あとは回復するのみ。
はやく仙台のひとたちに会いたいですね。


なんだか年明け早々しまりのない内容。。

今年はもう少しオトナになろうかな。
タフやよになれるように頑張ります。

春からのことは、まだ考え中。実は決めてません。
3月までしっかり考えます。


今年は、幸せになれますように。人々が抱くつらい思いも悲しみも、少しずつ遠くに行くように、世の中がもっと幸せになりますように。