20120323
1日だけ仙台に帰って、降るのは粉雪。三月下旬の、なごり雪。
仙台の夕暮れは少し青っぽくて好き。空が大きいっていうのは、この上ない価値あるもの。
こんな空の広いところで育ったのに、なんだか窮屈なところに慣れてしまったんだなと思って少し惜しく思えたり。
話し合って、生まれ変わった気持ちで頑張ろうなって、言われたから。
生活を少しずつ変えて行かなきゃいけないなあと思って。不安も、期待もあるけれど。
今回の件で、自分はなにを目指してるのか少し具体的になった。
憧れとか、意地とか捨てて、ビジョンを明確に現実的にさせて見えて来た自分の姿。
先週にアートディレクターの水野さんと、写真家の鈴木心さんのトークショーをふらっとききにいった。とくに感激したわけでもないんだけど、なんというか、安心したというか。
単純に自分がどちらの方向に行こうとしてるか感じたし、作り手としての想い、さらに広告が好きになった。
ずっと自分の欲だけに執着してて、自分がすきなこと出来ればいいなって思ってた。
でも、どうやらそれは違うみたいで。
SMAPの歌みたいに、Only oneでいいわけじゃない。やるならNo,1になれ。って言われて
そんなこといままで育てられて言われた事無かった。なんでもそこそこ器用に狭い世界でNo,1になるタイプだったからだと思う。
少しずつ世界が広がって、負けを知って。
競争なんて無意味だと思ってた。
でも、違うんだなあって。やるなら、一流になれって。
前にもこのブログに書いた通り、アンダーグラウンドで一生を終わらせたくないっていうのはあって。せっかくやるなら、なるべく多くの人に知られたい、出会いたい、刺激を与えたい、与えられたい。それで、イーヴン。
振り返ったら、くるっと一周。
ずいぶん無駄な1年を過ごした。
償うためには、数十年かかりそうだけど、チャンスを与えてくれた両親のためにも。
そして腐らなかった自分のためにも。
春が待ち遠しいのです。
20120319
自分の全てをかけれるようななにかがあるなら、進めって。言われた。
結局、好きなものは散漫としていて、憧れみたいに職人になりたくて切り詰めようとしていたけど、自分はそういう人たちみたいにまっすぐながんばりが出来ないことも知ってて。
いつだってそう、あっちこっちに手をつけて、なるべく複数の世界を持つのが好きで。
結局、追いやろうと思えば追いやることできるのに、気が進まない今。
自分はなにになりたいんだろうって、私と同世代の人はもちろんつねに考えてるだろうし。
なにか具体的な目標があって突き進んでる人もいるだろうし。
自分の欲がどこにあるのかも分からなくて何かに恐れている人もいるだろうし。
そういう、自分と向き合わなきゃいけない時期に、求められている答え。。早いも遅いもなくて、タイミングなんだろうけど。
案外、自分のこと考えてなかったなあって気づいて。
ずっと、なにか具体化されたイメージとか、存在する人間とか、そういうものへの偶像崇拝というか。ずっと足下浮いたまま上にいこうとして、こうやっていま悩んでいるわけで。
24時間休みなし、夢の中まで自分のことを考えてみたら、もっとわがままになってもいいのかもなって。
いつも、無益有益、近い道、誰しもがイメージできるようなステレオタイプのコース、誰しもが憧れるような花道。そういうものしか想像できなくて。なんてちっぽけな想像力なんだろうとか思ったけど、アンチ精神があったおかげで、少しずつ見えて来た。
結局、考えれば考える程、スタート地点に戻る。
その瞬間、安心感と、間違いの無い刺激を受ける事になる。
今の自分がいるのはなんでだろうと思ってたら、思い出した。
社会的な事も個人的な事もなにもかまわず自分の肉体を動かせたのは、そういう、元から好きだったものだったり。
さあ、ここまで分かって来たらあとは時間の問題だと思う。
いまから仙台に帰る。両親と話してくる。
なにか少しでも話が進めば良いんだけど。
今日の新宿は風が強くて少し寒いから、蒼いマフラーまいて夜行バスに乗ろう。
20120315
慣れっていうのは怖いけど、ふとしたときにその慣れが出てきて、愛しいような、憎いような。人はいつでも、記憶に敏感。
春からのことは、去年の夏からずっと悩んでて。決めたり、やっぱりやめたりして、結局自分を見つめ直して進むべき方向を見つけたのだけど。
誰のせいにもできないなぁ、なんて。自分のせいでしかないんだもの、元をたどればね。
夏から冬にかけて抱いてたwant toの自分が、いまの自分にとってhave toになっただけで。あとは、心と環境を整えるだけだなぁと。まだ決まったことではないけれど。
have toになった瞬間、自分が本当にいきたいところは何処だと思ってしまうのも事実。好きなことと、勉強してみたいことと、やりたいこと、想像で敷かないけど将来の自分の姿、足りないと思う補いたい何かとか。いろいろ有るんだけど、ロングスパンで考えたらなにも生まれなかったというか。当たり前なんだろうけど、そのための、環境だったんだなぁって離れることになってから気づいたり。
でも私は次に行かなくちゃいけないんだなぁ。いけない。have toだよ。
すごいよね、とか。
がんばってるよね、とか。
偉いよね、とか。
ハイブリットだね、とか。
自分で自分のことを主観的にみて微塵も感じてないようなこと、たくさん言われてきた。
その度に、客観的にみて評価してあげようとも思ったけど、到底自信には繋がりもしなかったり。常に探してて、求めてて、空っぽだと思い込んでたし、いまでもそう思ってる。
あんな風に言われてきたのは、今までやってきたことが私にとってのhave toじゃなかったからで。ただの付加価値にしか過ぎなかったからだということも最初から気づいてた。
次に進むっていうのは、そういうこと。
その付加価値がhave toになったとたん、すごい人でもハイブリットな人でもなくなる。そんなの当たり前じゃないかって言われる。
結構開放的になっているというか、
一度は逃れたいと思ったぐらいの負荷があったものだから、それを払拭できるというのは別に悲しいものでもなく。
ただ、負荷があるだけの価値はあるってことに気づいてたから。
そしてそこで出会った大切な人たちがいるから、なんとも言えないのだけど。
どうなることやら。
本当は、まだ去りたくも無いんだけど。
20120305
3月3日、母はあの日すごく天気のいい日だったと言ってた。
兄姉とはすこし離れてうまれてきた私。どうしても三人目がほしくて、あなたはみんなに望まれて生まれてきた子なんだよと、いつかいわれたことがある。
気づいたら、家を出て、ひとりで東京にいる。これからもっと、自分の力が大きくなっていく。
わたしにとって大切な、18という年齢は終わってしまって。振り返れば、大変だったなあって。でも、善かれ悪かれたくさんの経験をしたからこその自分がいるからと、誤摩化さないでおいた。青春の酸味。いきなり19になったからって、何にも変わらないんだけど、今年は誕生日を機会にいろいろ楽になったというか。あぁ、やっとだなって思える事がいくつかあった。4月から、また学校が始まる。18の自分とは別の、もっと落ち着いた生活をしようと思う。
刺激は自分からたくさん受けようとしなくていい。無理すると、麻痺して、後になって気づいて後悔することだってある。刺激も、機会も、人も、全部出会で、あくまでも日常の中にしか埋もれてない。
最後の十代。
心と環境のバランスがとれてきた。もう、うんと背伸びしなくて良くなった。ありのままの自分を受け入れてなんていう女は向上心がなくて好きじゃないけど、それでも、ありのままの姿でいさせてくれる人とか環境を得るっていうのは、なかなか簡単な事じゃないんだなあって。
若いのが自分の弱点だと思ってた。学生だからって、失った事逃した事もたくさんあった。
でもそんな失ったもの逃したものなんて、時間が経てばまた得られることであって。
若いのだけが、わたしの強みじゃないか。って素直に思えるのには、だいぶ時間がかかったし、実はまだ少し、大人に成りたがってるけど。若いのが強みだなんて言えるのにはタイムリミットがあるっていうのは少しずつ気づいてきている。
3月3日にうまれて。少し肌寒い、春の一歩手前。
春っていいね。新しくなれる季節。人は常に、変われる。
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