20120227










15年の付き合いになる大親友が、東京に遊びにきてくれた。
栃木の薬科大にはいって、毎日一生懸命勉強しているみたい。
性格も趣味も正反対のわたしたちは、小さい頃から何をするにもずっと一緒で
だけどお互いのプライベートのことはあまり話さなかったりして、すごく不思議な距離感で。
久しぶりに会ったら、綺麗な洋服をきて、薄く化粧をして、すごく綺麗になってた。
高校が別々だったこともあって、ちゃんと話したのなんて何年かぶりなのに、居心地はやっぱりいい。毎年お互いの誕生日だけはお祝いするようにしてて、プレゼントをふと渡して、小さな手紙を書くだけなんだけど、ずっと続けて行きたいなあと思う。


環境も変わっていくし、年もとる。少しずつ、大人になっていく。
一緒に遊ぶ人も、ご飯を食べに行く人も、相談する人も、変わっていく。
そのなかで、不変的なものは必ずあって。距離ができても、長い時間を共にしてきたり、こころを許した人は、ずっと自分のなかの大切な人。

だから、急がなくていいなって思う。
たまにグレーの渦が溢れて、自分でなるべく隠して、出すべきところに出すんだけど。結局泣いて、スッキリして、また頑張ろうと思えるから。
わたしには、時間ならある。こころだってあっちこっちいかないし、馬鹿じゃないからよく考えて、感じてる。
本当にほしいものなんて、案外、足下にあったりする。けれど、簡単に見つけて簡単に拾えれば、それはただのがらくたでしかないのかもしれない。
今抱いてる苦しみも、悲しみも、不安も、全部。意味のないものだとは思えないから。
うまくいかないことだらけだけど、最近。
でも、報われるためには待つという姿勢も必要なんだなって。

毎日働いて、その分、何かが楽になるわけでもないんだけれど。
でも自分で決めた事だもの。やりきるしかないよなあ。
時間が経てばまた、なにかいいことに転換できるはず。
自分が本当にほしいものなんて、いたってシンプルなものなんだなってのは、最近気づけた。それだけでも一歩進めたよね。













20120223





GOT A LOT OF FEELINGS BY YOU, ALMOST HAPPY AND LOVE.っていう歌詞が脳内エンドロール。きょうは雨が降ってたから、ユーミンの「雨の街を」もエンドロール。


環境を変えるべくいろいろ所属するところを切っては結んでの繰り返しで
結んだのはいいもののうまく自分のところに結べなかったりと不都合があって
恵比寿でのバイトの採用きまって、やっと落ち着いたなあと感じる今日。
全部の労働拠点が新宿だったけど、来月からは全部恵比寿中目黒あたりになる。
もう今月か来月で引っ越しをしたくて、ずっと目黒や祐天寺辺りの物件探してるんだけど、なかなか。いろんな事が重なって、しばらく引っ越しできなさそう。
さようなら新宿なのだ。最初、すごく嫌いだったんだけど、いまはすごく好き。
雑多な大都会、絶える事のない人の流れ。夜に静かさを取り戻した都庁周辺を突っ切っていくのが好きで、寒い冬のバンクーバーを思い出す。都会なのに、ビートルズの「ノルウェイの森」が脳内に流れる。まさしく、ああいう毎日だったなあと、思い出に少し手を触れたりして。新宿には寒さとか雨とかが似合う気がする。


ひさしぶりに自分の部屋にかえってきて、いつもいる女の子たちはいなくて、ひとり。自分の部屋での自分の時間っていうものは結構たのしくて。どうせすぐ飽きて寂しくなっちゃうんだろうけど、そういうもんだよね。
好きな音楽かけて、なにも気にしないで本読んだり、写真みたり。
いままで本読みつつインターネットしてることが多かったんだけど、最近は写真をみるほうがおおい。写真集もだし、溜まってきた自分の写真も。ZINEにするならどういうレイアウトがいいかなってならべたりして。とびっきりのお気に入りはとびっきりお気に入りのアルバムに入れておいた。


もうすこしでひとつ歳をとる。まだこんな歳かと思う反面、歳とりたくないなあとも思ったり。いまの年齢は、すごく大切な数字だと思ってて。
残された大切な時間は9日ぐらいしかなくて、なにか残したいばかりに、セルフポートレイトを時間があればどこでもやってる。
いまの自分を残しておきたい。10年後、30年後、もっと後のわたしのために。
将来の自分に不安を抱きながら希望に満ちあふれてて、芸術というちいさな世界に自分で自分をカテゴライズして苦しみながらなにかを自分の中で産もうとしてて、社会に出ながら、いつも憧れの姿を追っかけて。人間関係とか、親のありがたみに気づいて、悲しい過去から一歩抜け出せたのは、少しずつ大人になってきたからで、いまの姿は、原石だろうから。

もうすこしでひとつ歳をとる。
本音をいっちゃえばいっきに5つ歳をとりたいぐらいで。いや、あと5年早く産まれていれば、って思う、たまに。
思っても、無力。自分は自分でしかなくて。
いつもimageだけが先をはしってく。






20120218





ああ、少しは成長したのかなあと。
気が滅入る時期に、普通の生活を送れた自分がいることに驚いて。
なんでも知りたかったけど、知らなくて良い事は知ろうとしなくなった。
すぐ落ち込むけど反省しようとするの、前はできなかったなあ。

ずっと大人になりたかった。いまでもなりたがってる。
羨ましかった。自由に見えた。
少しずつ、仲間入りしてきて。楽しいんだなあって思った。
ずっと子供でいたいとも思うんだけど、大人の方がいいに決まってる。
おいしいご飯、おいしいお酒(とりあえず食の事にしか頭がいかないデブ脳)
相手の事を想った言葉の選び方、素振り。静かでなめらかなコミュニケーション。
お母さんに大人ってどんな感じなのってきいた事があって
「君はチロルチョコで、お父さんお母さんはラミーチョコレイト」って言ってたの思い出した。
母がすきで、よく冷蔵庫にあったのだけれど、あんまり食べさせてもらえない禁断のお菓子だった。いま、レーズンとラム酒がたっぷり入ったラミーチョコレイトを食べると、大人になった気分になれる。



9時に中目黒に出勤してきて、午後15時、いったん帰って来た。ゆるされた120分。
紅茶いれて、PCを開く。暖色の光が部屋にはいってきて、部屋が傾いたオレンヂ色になっているもんだから、あんまりきかないビートルズを流したりしてみて、つれづれなるままに。いい午後。



きのうある面接を受けて来て、その履歴書にはる証明写真は笑顔でお願いしますっていわれたから、前日から鏡のまえでひとり笑顔の練習したりして緊張してて
なんとか撮ったんだけど、無理矢理笑顔にしても脳みそが勘違いしてだんだん楽しくなってくるんだなあと思って。ひとりでにやにやしてた。
今年は年が明けてから心が冷たい色に押しつぶされずいきいきしているから、ひとりでいてもよく笑うようになったなあってたまに自分で気づくときがあって。
電車の中でひとりで笑ってるお姉さんとか、鼻歌歌いながら帰るおじさんとか。しあわせの、溢れてはみでたもの。すごくすきで。しあわせなんて隠さず出しちゃえばいい。つらい気持ちはちょっとだけ我慢して、出すべき所にだけ出す。
人生は階段じゃなくて、がんばって登らないと得られないようなものじゃなくて、平坦で広くて、床にボロボロ落ちてるだけだから、求めているものをそこから探して拾うだけ。
遠くまで覗いて探すのもいいけれど、ほしかったものなんて案外、足下にあったりする。






20120216



毎日あんまり考えないで撮ってる写真を少しずつ表に出したりプリントしたりするだけで
なんだろうね、恥ずかしい気持ちに少しなる。心の中をみられたような、しかも本心とかあまり表に出さないし触れて欲しくないようなところとかね、感覚的な話なんだけども。
どうやったら隠せるんだろう、隠し方をまだ知らない。大人になったらできるのかな。隠す事が良い事なのかも判断すらできないんだけれど。それでも現像に出す楽しみを押さえきれないというか、これはデジタルカメラにはない楽しみとか恥ずかしみなんだなあと。なにげなくやってみた心理テストで“ハイテクな最新機器もすきだし、その反面古き良きものにも価値を置く傾向がある”ってさ、なるほどね。


2年前から細々とひとつのテーマに沿って作品撮りをしているんだけど、表に出さないのは自信が無いからとかではなく。なんていうか、まだ自分のなかで処理が終わってないなあっていうのが強くて。表現するという事にあまりにも生真面目になっているせいもあるんだろうな。自分のクリエーションが社会に与えるものとか、人に与えるものとか考えてたら時間経ってた。自分のプライドとか、エゴとか、そういうもの。逃げるように、肯定してあげるために、そういう醜い感情をぶつけてるから、自分で受け入れてあげる事が難しいんだ。って、難しく考え過ぎかなあ。生真面目で不真面目な性格をコントロールできたらいいのだけれど。。
題材がネットに上げれない範囲のものだから、次の秋冬あたりを目処に個展でもやろうかなあと思ってる。まだまだ数が足りないから、撮りたいんだよなあ。でもここんところなんにも浮かばなくて。最近はもっぱら文章に逃げている。考えなくて済む日々のスナップ写真は感情と脳内を垂れ流しに、哀愁とかなにかにたいする苦みとか、ふっと現れた甘みの残りとかを含んで、だらしないんだけど、すごく、いいんだよな。自己が満足されて幸せっていう感覚、バレンタインの女の子の心と一緒。そういうのが大好き。



14日、夢でみた洞窟に行って来たら、雪降ってた。

15日、暖かいなあと春の訪れを感じながら、働いて、読書した。

16日、起きてすぐにイタリアのチョコレイトを食べたりして、働きにいった。粉雪降る都庁のビルヂングを走って帰った。





twitterのTLには自分がフォローしているひとたちの傾向が偏っているからか、クリエーションとか表現する事とかに関するツイートが常に流れてて
偉い人、成功しているひと、人気が集まって来たひと、駆け出しの人、美大生、学生団体、とりあえず、そういうひとたちの想い、考えかた。
感心したり、美大という環境で苦しんでいる分際としてのアンチ精神がでたり、様々なんだけど。それで、あんまりそういう言葉って頭の中に残らなかったりしてね。
でも、ある教授がある授業の講評のときにいってた言葉があって、メモしたわけでもないんだけど、ずっと脳内にのこってる。

「クリエイティブっていうのは意味の分からない事をしているんだから、それが意味分かるようにしないとだめ。」


あふれる日常、社会の中で、なにか、伝わるものをずっと探してる。ぼんやりなんだけども。




















20120210


あふれる日常の中で、小さなチリとかカケラとかに気を使ってよく目を通すようにしてから、なんだか、感覚が自分の脳みそに近くなってきた。

もう少しで、春だね~。
春になることが楽しみでもあるし、不安でもあったりで。変わりゆく環境、変わらない自分の心、歩き続ける人々、出会いと別れ。相変わらず、己の欲の場所は分からず。
環境を変えるにしても、うまく調節しすぎて、なんだか物思いにふける暇もなく。スッと。頭の中はuntil the end.


珍しく今日は平日に休日がきたから、昼間まで寝て、気の使わない友達と勢いでくだらないコメディ映画観に行ったりした。
東京ってたくさん映画館あるんだね。
小さな古い映画館で、仕事帰りの人たちが何かを求めてふらっと集まってきたような小さなシアター。
帰りに飲んだコーヒーは余計眠くさせるような感覚を与えて、新宿駅で電車を降りて、すれ違うご機嫌なサラリーマンたちを横目に、背の高いビルディングを突っ切って帰った。


あれはちょうど、二月。何年か前。
こことは違って、毎日が白い森で、寒い北の国。
それは突然、消えてった。どうしよもなくて、帰ってきた。悲しみは、案外はやく私の中から消えてった。思い出は磨かれどんどん透明になっていくもんだから、手が届かないように、うんと高いところに置いといた。



生きているなぁと、感じさせるのは
過ぎ去った事実と、存在。
私はいま、ここにいる。憧れていた環境にいて、雑多な街に身を置いて、たくさんの人と話して、毎日食事をつくって、なにかをぼんやり待ってたり、働いて、夢をみたりして、自分を奮い立たせて、刺激を求めたり。

何かに、ものぐさに価値を与えて、わざと鈍くさせといた感情を動かされて、苦くて甘い、今。
楽しさとか幸福とか喜びの反対、というかすぐ側にある、そういう、少しへっこんだ感情を種にして、何かに期待して、ぼんやり動いてみたり。
環境も人も、ど真ん中にいると、気づけない。大抵は、離れないと。でも、その距離が憎かったり。それは誰しもが抱くジレンマだね。人間の脳みそは進化しすぎだよ、繊細すぎて、自分でもコントロールがつかない。やれやれ。








20120202




忙しいのは皆同じですよね。
それを表に出さない大人って、強い。こんにちは、ヘタレちゃんやよです。

ラストスパートをかけるかのような、仕事の量。量。量。
わたしの学生ライフは春休みという魔法の言葉によって消えて行った…。
なり続ける携帯。追いかけてくる傷跡。こころのよりどころは、不変ではない。
頭の中ではひたすらに癒してくれるユーミンが…。

“GIVE AND TAKEの関係”
当たり前なんだけど、大切なんだけど、果たして。
自分のことをまず最優先させたい意識はあるんだけど、振り返れば自分はそういうタイプの人間でもなく。いやちがうかな。GIVEしないとTAKEはこないってことをひとは心なしか知っているからだね。人への愛情って、とかぼんやり考えたり。家に当たり前のようにいる女の子たちは、春から新しい部屋を借りるんだとか。十分愛したし、十分愛してもらった。また一人暮らしが始まる。



最近ブログの更新率が上がっているからか、閲覧者数もかなり増えて。
正直自分のために書いてるブログだから恥ずかしい気持ちでたくさん。
でも格好つけたくないし、嘘もつきたくなくて、こんなはみ出し具合に。
それでも、読んで感想をくれる人や、わざわざ自分のブログで紹介してくれるひとまで結構いて、嬉しい。写真はサムネイルだと色味が変だからクリックして大きくみてね。宣伝。現実に戻ります、どろん。シュシュシュ〜

20120201






型にはまりたくない、でもアンダーグラウンドで一生を終わらせたくない。
生まれてきた限り、欲が芽生えてしまった限り、やるには。
たくさんの人に知られたい、出会いたい。吸収したい、吸収されたい。

アンチステレオ精神なんて、若気の至りだって小馬鹿にしてた自分がガキだということに気づいたのよ。ダサい。大人になっちゃだめ。根本がもうアンチステレオなんだから無理したって普通にはなれないのよ、自分。って。
刺激をうけたなら、刺激を与える。それで、イーヴン。自分の中身はどこにある。


自分の中身はどこにある。
クロッキー帳、写真、メモ、ブログ、ツイッター、iPod、youtubeのお気に入り、tumblr、どこにある、どこにもない。

「表現すること」が当たり前の環境にきて、感じるのは
なにを表現したいのかが見えないととても不愉快だということ。
コンセプトとかじゃなくて、欲。
ノーコンセプトでもノータイトルでも、欲が見えれば、心地いい。

欲に貪欲に。って教えてもらってからずっと大切にしてきたけど
結局自分の欲の場所すらわからず。
わからないならわからないなりに、探しにいかなきゃ。ごまかしてるのは自分でした。あー。

何が欲しい。自分に、人間に、社会に。
どうすれば気持ちよくなるの。