20120315




慣れっていうのは怖いけど、ふとしたときにその慣れが出てきて、愛しいような、憎いような。人はいつでも、記憶に敏感。


春からのことは、去年の夏からずっと悩んでて。決めたり、やっぱりやめたりして、結局自分を見つめ直して進むべき方向を見つけたのだけど。
誰のせいにもできないなぁ、なんて。自分のせいでしかないんだもの、元をたどればね。

夏から冬にかけて抱いてたwant toの自分が、いまの自分にとってhave toになっただけで。あとは、心と環境を整えるだけだなぁと。まだ決まったことではないけれど。

have toになった瞬間、自分が本当にいきたいところは何処だと思ってしまうのも事実。好きなことと、勉強してみたいことと、やりたいこと、想像で敷かないけど将来の自分の姿、足りないと思う補いたい何かとか。いろいろ有るんだけど、ロングスパンで考えたらなにも生まれなかったというか。当たり前なんだろうけど、そのための、環境だったんだなぁって離れることになってから気づいたり。

でも私は次に行かなくちゃいけないんだなぁ。いけない。have toだよ。



すごいよね、とか。
がんばってるよね、とか。
偉いよね、とか。
ハイブリットだね、とか。

自分で自分のことを主観的にみて微塵も感じてないようなこと、たくさん言われてきた。
その度に、客観的にみて評価してあげようとも思ったけど、到底自信には繋がりもしなかったり。常に探してて、求めてて、空っぽだと思い込んでたし、いまでもそう思ってる。
あんな風に言われてきたのは、今までやってきたことが私にとってのhave toじゃなかったからで。ただの付加価値にしか過ぎなかったからだということも最初から気づいてた。

次に進むっていうのは、そういうこと。
その付加価値がhave toになったとたん、すごい人でもハイブリットな人でもなくなる。そんなの当たり前じゃないかって言われる。



結構開放的になっているというか、
一度は逃れたいと思ったぐらいの負荷があったものだから、それを払拭できるというのは別に悲しいものでもなく。
ただ、負荷があるだけの価値はあるってことに気づいてたから。
そしてそこで出会った大切な人たちがいるから、なんとも言えないのだけど。


どうなることやら。

本当は、まだ去りたくも無いんだけど。